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北海道へのソバの伝播経路は未だに解明されていない。南茅部町の縄文初期末の「ハマナス野遺跡」から一粒のソバが発見 された。これが北海道最古の大陸起源の栽培植物だった。北海道における蕎麦の歴史は古い。縄文時代から栽培されていた ことは、その他の遺跡発掘によっても実証されている(山田悟郎論文)。元禄8年(1695)、松前藩は大凶作に襲われ殆どの農作 物・種を失う不運に見舞われたが、南部藩からのソバ・粟・小豆等の種子で危機を乗り越えて来た歴史もある。米栽培不適地ゆ えに雑穀への依存は高く、ソバ栽培も幕末には道南部にかなり普及していたが、明治2年開拓史が置かれ農業奨励策(菜種と ソバの増産)に拍車がかかったのである。今日の日本最大生産地になる基礎はこの時に作られたといえよう。 |
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八右ヱ門(2015-7-29) | 上段:八右ヱ門の盛り 下段:レーク朱鞠内の蕎麦 |
上段:幌加内高校、下段:雪の御殿 | |||
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国道275号線沿い40kmに渡って蕎麦畑 が続く、その中に蕎麦屋10軒が点在。 「八右ヱ門」はその中でも定評ある蕎麦 屋である。行列が出来る。以前は旭川で 営業していたが、数年前に現地へ移転。 |
上段:八右ヱ門の「二種盛り」(現地産粉 の「二八の細切り」と「十割太切り」)。 下段:レークしゅまりないの盛り蕎麦。 幌加内高校出28歳の青年が私達のため に特別に打ってくれた蕎麦(三段重ね)。 |
町立の「幌加内高校」は正規授業に蕎麦 打ちと文化史の授業がある日本で唯一 の学校。全国高校蕎麦打ち大会では優 勝常連の学校である。下段は、ひと夏越 えても味の変わらない低温貯蔵庫。 |
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幌加内とソバ 「幌加内には雪が二度降る」という。確かに白いそば花の絨毯は、見渡す限りの雪原にも見える。その広さ は3200ha(4km×8km相当)、収量3000トンを誇る日本最大のソバ産地である。昭和40年に始まった米の減反政策が発端で あった。代替作物が色々試されたが、寒冷地であるがゆえに次々と失敗が続き最後にソバが残ったのだ。冷涼な気候・昼夜の 気温差・日中の温度上昇を緩やかにする朝霧の発生など、ソバ栽培に適する自然環境に恵まれたこともあった。町内にはひと 夏越えるための貯蔵庫「雪乃御殿」、「そば」が正規授業の町立幌加内高校もある。毎年8月には「幌加内町新そば祭り」が催さ れ全国から人が集まる。幌加内は「そばの町」だ。守田前町長はそば打ち5段(最高位)であることを付記しなければなるまい。 |
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