そば切り発祥の地と中山道の役割          16-11-1
そば切り発祥の地は諸説あって喧しい。信州本山の宿・甲州棲雲寺・福岡承天寺・京都禅林等である。前三者は伝聞・伝説に止
まっていて裏付けはない。そこへ行くと、京都禅林説は丹念な古文書の探査結果を踏まえている。提唱者の伊藤汎氏は著書で、
京都・相国寺の「蔭涼軒日録」に「松茸折一合、蕎麦折一合、賜林光院」の記述(1438年)があり、他の記述・表現との比較突合の
結果、実はこれが「そば切り」のことだと指摘するのである。新説を唱えるに足る考証であると思われる。京都禅林で誕生したそば
切りが臨済宗禅寺伝いに東山道(現中山道)を東方に進み木曽街道を北上(定勝寺・本山宿)し江戸に至る。下諏訪からは甲州街
道で棲雲寺にもつながる。長野の郷土史家・関保男氏も「上方から伝来し木曽街道を北上した可能性が高い」と述べている。
今井(大阪・道頓堀) 16-9-30 相国寺と定勝寺 平井(藤沢) 16-9-8 

昭和21年創業の老舗。200年ほど前に奈
良の今井町から転居してきた。「今井の出
汁」が完成したのが昭和24年、今も守り続
けている。宵待柳と行燈の店として有名。
戦後の道頓堀発展の生き証人である。
 上段は京都の相国寺山門。臨済宗相国
寺派大本山。1392年足利義満が創建。
下段は臨済宗妙心寺派の定勝寺。木曽
路では最古刹。これまで「そば切り」の初
見とされる番匠作事日記が残されている。
洗練された蕎麦である。東京・神保町の
「松翁」で修業して開店。兄弟が仲良く仕
事を分担し経営する。2009年にミシュラン
一つ星を獲得する。開店前から行列ので
きる繁盛店である。お洒落な店内。
 
江戸っ子の初物好き 川柳に「江戸に生まれ男に生まれ初鰹」というのがある。江戸っ子の本領である「粋と張り」を表した
名句である。初物を食べると75日長生き出来るという俗信もあるが、
初物賞翫の気風は明らかに上方を意識した”張り”から
生まれたものだ。その典型が鰹だった。鰹は瀬戸内にはいない。三代目中村歌右衛門は一尾3両(約30万円)で買ったという
からもの凄い。秋は新そばの季節である。同じ川柳に「新そばはものも言わぬに人が増え」もある。貯蔵設備のなかった時代、
秋穫れのそばの味は翌春を超えると格段に落ちるのを避けられなかった。そば好き人間は「秋の新そば」が待ち遠しかったの
であろうと想像する。上方は初物よりも”旬”を大事にした。江戸の”見栄”と上方の”合理性”。気質の違いが出ていて面白い。
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