京都・山科に佇む蕎麦屋2軒               08-12-12記     
師走になると思い出されるのは「年越し蕎麦」と「討ち入り蕎麦(義士蕎麦}」である。月末に蕎麦を食べる習慣は江戸中期頃には
既に市民の間に定着し「晦日
蕎麦」と呼ばれていた。一方「年越し蕎麦」は節分(旧暦)に食べる蕎麦を指したらしい。大晦日に食
べるのを「年越し蕎麦」と称するようになったのは明治の中期であったと言う。
蕎麦が細く長いことから「長寿」を願ったとするのが
が有力であるが
、蕎麦が切れやすいことから「災いや苦労を切り捨て新年を迎える」等・・の説もある。「義士蕎麦」の方は赤穂義
士達が吉良亭討ち入り
前に蕎麦屋で装束を着替え腹拵えをした(「泉岳寺書上」)とされることから、京都・山科では毎年12月14日
に「義士祭り」が行われ今も蕎麦が振舞われている。,
「泉岳寺書上」は偽書とされ蕎麦屋の一件を虚説とするのが定説である。
高月(山科)  08-11-20 安兵衛(山科) 08-11-20 毘沙門堂と大石寺

高台寺の料亭「馳走・高月」の姉妹店。本
格的な日本料理で鍛えた腕で蕎麦打ちに
励む。前庭の広い明治3年築の古屋を
昭和54年に琵琶湖北部の「木之本」から
移築した。
店長は28歳、蕎麦懐石中心.。
昼は蕎麦屋、夜は懐石料理屋。中庭が
あり京都らしい落ち着いた雰囲気の立派
な座敷。ご主人の姓は「堀部」という。堀
部安兵衛ゆかり家柄とのこと。「おらが
そば」(宇治抹茶の蕎麦)が売りのようだ。
上段は「毘沙門堂」から出陣する義士
祭りの隊士達。下段は行列が向かう「大
石寺」にある大石良雄の住居。討ち入り
蕎麦は「大石寺」で振舞われるという。
上段の写真はネットから拝借。
蕎麦の味 味には「舌で感じる味」と「脳で感じる味」のふたつがあるという(「味覚を科学する」都甲潔)。我々が感じる「うまさ」
というのは、この二つを総合した「広義の味」である。「米」の美味さの官能テスト結果(同書)を見ると、いわゆる狭義の味(舌)の
ウエイトは僅か20%に過ぎず、残り80%は外観・硬さ
粘り等の2次的な要素が占めると報告されている蕎麦に置き換えてみる
と、狭義の味に加えて香り・太さ・硬さ・舌触り・外観・情報などが「うまさ」を構成するということになるのではないか。
狭義の味でさ
え定量化が難しいのに、「情報」(噂・評判)となると最早お手上げである。味というのはは元々定量化が難しいのであろう。曖昧で
主観的であるからこそ楽しいとも言える。元来「
味わう」というのは高度に「知的な活動」なのである。味と美味さはまた別物である。
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