江戸の蕎麦物語④

「天つき五杯のもり」ってなに?  蕎麦屋の符丁

 若者言葉というのでしょうか、ツイッターやライン等でSNS特有の略語が大流行です。「うざい・やばい・なうい」等はとうの昔に殿堂入、 最近は「タびる」「亀レス」「フロリダ」等・・・意味不明?な言葉が流行りだといいます。例えば・・「タぴる」→タピオカドリンクを飲む・食べる。 「亀レス」→亀のように遅いレス(ポンス)、ここまではなんとか分かるのですが、「フロリダ」に至ってはちんぷんかんぷんです。これから風呂に  入るから(会話から)離脱する、の意だといいますから残念ながら親父の想像力ではとても追いつきそうにありません。我々が若かった頃にも 「若者言葉」はあったのでしょうが、半世紀以上も前の事なのでちょっと思い出せません。いずれにせよ強い仲間意識が作り出すムラ言葉 であることは間違いないようです。     

 若者言葉とは用法・目的も全く異なるのですが、特定の集団内だけで通用する「言葉」は昔からありました。お客様や部外者にあまり知 られたくないことを業者間でやり取りする「業界用語・隠語・符丁」もその中の一つです。 飲食店で「()がりください」などとお客が店員 さんにお茶を求めることがありますが、これは、「おあいそ」→お会計、「むらさき」 →お醤油、「浪の花」→塩等と同じように元々はお寿司 屋さんの業界符丁なのです。ですから本当はお客が使う言葉ではありません。通ぶって隠語を使う方を見かけることが時にありますが、これは あまり褒められたことではないようです。

 四百年余の歴史を持つ蕎麦屋業界にも、もちろん特有の「符丁」があります。表題にある「天つき五杯のもり」は「天ぷらそば一杯と盛り そば四枚」(汁物の場合は“杯”で、もり・せいろは“枚”で数える)という意味で、お客の注文を調理場へ符丁で伝えたわけです。蕎麦屋では 、一杯(枚)を「つく」、二杯を「まじり」、小盛りを「さくら」、大盛りを「きん」といいます。また二種類の注文が五個以上の奇数の場合には
 「勝って」を使い「天ぷら勝って七杯のかも」(天ぷらそば四杯と鴨南蛮三杯)と通します。三種類以上の時は「まく」を使って「天ぷら勝っ て七杯のかも、まくで、もり四枚」(天ぷらそば四杯に鴨南蛮三杯と盛りそば四枚)といった具合です。
我々素人にはちょっと難しそうにも思 えるのですが、使い慣れると手短にかつ間違いなく調理場へ注文を通す符丁になるといいます。

 「お通し」といえばすぐに思い出すのが、神田淡路町の「かんだやぶ」の女将(花番)さんの百人一首を歌い上げるような節付きのお通し です。戸を開けて店内の入ると正面に立っている女将(花番)から「いらっしゃ~い~」と声がかかり、辺りは一瞬にしてモノトーンの世界へ。 蕎麦の注文をすると「ご新規さん、せいろいちま~い~」と奥の調理場へ通る様は、まるで江戸・明治の昔にタイムスリップしたような感覚に 襲われます。まだご経験のない方は是非いちど「かんだやぶ」さんを訪ねてみてください。
  初代堀田七兵衛 さんが駒形のドジョウ屋さんがやっていたのを真似たのだと、二代目堀田勝三さんが著書「うどんの抜き湯」の中で 紹介しています 。無断借用ではなくちゃんと先方の了解を頂いた公断借用だとも。 平成二十五年の出火でお店が全焼した時には、あ の「お通し」もなくなるのではと心配しましたが見事に復活しました。

 次々と生まれる若者言葉も結構ですが、少なくなった江戸・明治の残り香もぜひ後世に残して欲しいものだと考えるのは決して私だけで はないと思います。自動券売機で「盛りソバ」一杯を注文なんて・・・味気ないですよね。私なんて、ここで先ず食欲が失せてしまうのですが、 皆さんは如何でしょう。


★かんだやぶ 創業・明治十三年(1880)、千代田区神田淡路町二丁目