「郷土蕎麦の物語」を始めるにあたって

 

蕎麦の最大消費地はもちろん江戸でしたし、江戸っ子の「粋」と繋がる趣味食として蕎麦は特異な発展をしてきました。蕎麦を語る際には決して外すことの出来ない特別の地域が江戸なのです。一方、上方(関西)も平安朝千二百年の長きにわたって京都は日本の首都であり文化の中心地であった歴史があります。とりわけ食文化を語る際に欠かすことのできない重要な地域といえるでしょう。

 ところがこの二つの地域だけでなく、日本には全国各地に個性あふれる独特の「そば食文化」が今も健在で、我々そば好きの好奇心を掻き立ててくれています。日本は亜寒帯(北海道)から亜熱帯(沖縄)まで東北から西南へ約三千キロ、豊かな自然に恵まれた世界に類例のない、多様な食文化が生まれた国なのです。

 その上に江戸時代二百六十五年にわたって、あたかも国家のように非常に高い独立性を持った諸藩がそれぞれの地域を統治していて独自の食文化を育んで来たことも忘れてはならないでしょう。

 全国には数えきれないくらいの著名な「そば処」がありますが、夫々異なった歴史を背負っていることは当然のことです。そのすべてを語るのは私の知識の限界を遥かに超えることになりますので、資料整理を行い地域を絞って順次「郷土蕎麦の歴史」を語って行くことにしたいと存じます。