世界の蕎麦物語①

    「そば」はロシアのソウルフードなのです

 
世界一のそば消費国は日本ではなくロシアだといったらさぞ驚かれる方が多いことでしょう。なんとロシア人の一人当たりの年間そば消費量は日本の約十倍になるといます。ロシアは世界一のそば消費国なのです。
 
「マースレニツァ」というお祭りをご存じでしょうか。長く厳しい冬が去り、躍動する春を迎えることを祝うめに、毎年2~3月頃に一週間(注1)にわわたって行われるスラブならではの伝統的なお祭りなのです。このお祭りの中心になる御馳走は「ブリヌイ」という丸い形(太陽を象徴する)をしたパンケーキです。小麦粉と温めた牛乳・イーストを捏ね合わせ一晩ねかせてから、そば粉、卵黄、砂糖、溶かしたバター等を加えて発酵させ、卵白を合わせてから焼くのです。ロシアのお母さんたちは「マースレニツァ」のために早くから「ブリヌイ」作りに精を出すといいます。ブリヌイは祖先の霊への供える食事であり、貧しい人に施すための料理でもあるのです。

 またロシアには「母はソバの実のカーシャ、父はライ麦の黒パン」という古くから伝わる諺があり、カーシャが黒パンと共にロシア国民の生活奥深くまで染み込んでいて、永い間暮らしを支えてきたことを物語っています。カーシャは古くから農民の食卓に上がっていたといわれ、ロシア人の母であれば誰でも作り方を知っているといわれる伝統的な家庭料理です。

 蕎麦の実や麦・米などの穀物を、スープや牛乳で炊き込んだもので、日本料理でいえば「お粥」に、イタリア料理で言えば「リゾット」に似た料理で、ロシア人に一番人気があるのがそばの実のカーシャだというわけです。ロシア語で「そば」のことを「グレーチカ」と呼びますが、グレーチカは眞にロシア人のソウルフードといっても良いのではないでしょうか。

こんなトピックニュースが「RUSSIA BEYOND」に紹介されていましたのでご紹介しましょう。「新型コロナウイルスの感染爆発が始まった昨年三月にスーパーの棚から真っ先になくなったのはグレーチカ(そば粉)とトイレットペーパーであった。グレーチカはロシアではもっとも重要なサバイバルキットのひとつなのだ」・・・なかなか信じがたい光景ですが、それほどそばはロシア人に親しまれている食品なのでしょう。ロシアではそば粉が数百グラム~数キログラム単位で袋詰めになって食料品店に置かれているのが普通のことなのです。近年では小袋で約10分間沸騰したお湯に入れれば完成する即席タイプもあるといいます。

 我が国ではそばは粉食それも「そば切り」に特化した独特(世界では珍しい)の食文化が栄えていますが、ロシアでは粉食はもちろん粒食も一般的で、紛食の代表格が先ほど書きました「ブリヌイ(パンケーキ)」、粒食の代表が「カーシャ(お粥)」なのです。日本と比べると比較にならないほど多様なそば食が実生活の中に広がっているのです。ロシア人の一人当たりのそば消費量が日本の約10倍になるのも頷けるわけです。

 グレーチカが安価で調理が簡単で、いつでも手に入りやすい食品であったことが普及の大きな要因になっているのでしょうが、もう一つ「栄養価」に優れた食品であったことを忘れてはなりません。第二次世界大戦中、「グレーチカ」と肉の缶詰はもっとも典型的な軍隊の食事であったことは紛れもない事実です。今でも、戦勝記念日のお祝いに「戦線での食事」の象徴としてグレーチカが食卓を飾るといいます。我が国とはまた違った意味でグレーチカはロシアの重要な食文化なのです。

 ロシアに旅された方は、ビュッフェスタイルの朝食には必ずカーシャ(そば粥)が並んでいるのを目にされたことと思います。それほどロシア人にとっては欠かせない料理なのです。

 ロシアにソバが伝来したのは12世紀頃のことだといわれています。そばの起源地である中国南部からからモンゴル、トルコを経てギリシャへ、北上しロシアへ伝わったとされています。ロシアのそば生産は言うまでもなく、栽培面積・収穫高ともに世界一なのですが、なかでもシベリア最南部にあるアルタイ地方が中心で、これに続いて中央ロシア・ヴォルガ河沿線地方で収穫されるのです。「グレーチカ」という言葉も本来はギリシャ人を指すもので、ギリシャ人が持ってきた穀物であるという意味だと解釈されています。

ロシアは生産・消費とも、名実ともに世界一の「蕎麦王国」なのです。


 (注1)「マースレニツァ」の一週間・・・月曜日「 迎えの日」、火曜日「遊戯の日」、水曜日「ご馳走の日」、木曜日「お祭り騒ぎの日」、金曜日                 「姑の晩の日」(義母の晩)、土曜日「 小姑の日」(夫の姉妹の集い)、日曜日は「送りの日」。

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