世界の蕎麦の物語③  

「冷麺」は冬の食べ物?   朝鮮半島のそば文化

 板門店で行われた南北朝鮮首脳会談(2018・4)で「平壌から、苦労しながら冷麺を持って来ました。遠いところから・・・遠いと言ってはダメですね(笑)、おいしく召し上がってください」と北朝鮮・金正恩委員長が首脳会談の冒頭にジョークを言いながら南の文在寅大統領にふるまったのが北朝鮮の郷土料理「平壌冷麺」でした。

 「冷麺」というと日本では一般的には小麦粉で作られた麺を想像しますが、朝鮮半島では違います。冷麺はそば粉が主原材料なのです。北朝鮮は国土の約五分の一は山地で土壌は有機物不足の荒れ果てた禿山が多い上に陸地の平均標高は440mといわれ、農業に適した土地は限られています。大陸性寒冷気候で寒冷期にはマイナス40℃を超える地域もあるといわれます。北朝鮮の自然は厳しいのです。

 一方そばは寒さに強く、瘦せた土地や雨の少ない土地でも育つ逞しさを持っていて、コムギやコメの生育が困難な地域でも容易に育つ特性があります。そのうえ成長が早いので(播種から二~三ヵ月で収穫可能)、救荒作物としても重宝されてきました。朝鮮半島の有名ソバ産地は殆ど北朝鮮にあるのはそのためです。韓国(南)で人気の高い平壌冷麺・成興冷麺とも北朝鮮発であることを見てもわかります。

 暑い夏の食べ物としても冷麺は最高ですが、元々北朝鮮では寒い冬に暖かいオンドル部屋(昔は自動温度調節ができなかったのでやや暑くなる)の中で食べる料理だったといいます。朝鮮戦争(1950~1953)の時に、北から南へ逃げた北朝鮮の人によって南にも広がり、現在では冷麺は夏の食べ物と考えられるようになったのです。

 さて、冷麺は大きくいって平壌冷麺(ムㇽレンミョン)と成興冷麺(ビビンネンミョン)の二つに分けられます。平壌は言うまでもなく北朝鮮人民共和国の首都であり、成興は日本海に面した咸鏡南道の道都であり李氏朝鮮発祥の地でもあります。
 まず平壌冷麺ですが、そば粉と緑豆を混ぜ合わせたもので太くて黒っぽく柔らか目の噛み切りやすい麺になっています。(注目すべきは、押し出し麺ではなく、日本のそばと同様に包丁で切り揃えられていることです)その麺の上に肉やゆで卵・キムチ・等を盛り付け、肉の出汁と大根のキムチ(大根の水キムチ)を合わせ、ユッスと呼ばれる透明で淡泊な冷たいスープをかけて完成です。

成興冷麺は平壌冷麺と同様にソバ粉を主原料としますが、つなぎにデンプンや小麦粉を加え手で練り上げた麺で、製麺機を使って心太のように押し出し式で線麺にします。平壌冷麺とは異なって、細くて白っぽく弾力性が強く噛みきりにくいのが特徴です。成興冷麺という呼称は朝鮮戦争後に南へ逃れた成鏡道出身者が平壌冷麺に対抗するために付けたと言われています。日本で有名な「盛岡冷麺」(後述)はこの流れを汲むものなのです。

 「平壌冷麺」の食べ方を調べていて初めて気が付いたのですが、日本と朝鮮半島の麺の食べ方には非常に似通った習慣があるということです。日本では、「つまみを食べながらそば前(日本酒)を楽しみ、締めにそばを啜る」ことや「そばを食べた後に出汁で割ったそばの茹で汁を飲む」(そば湯)という江戸時代から続く伝統的な食習慣がありますが、朝鮮半島にも「先酒後麺」といって「先ず餃子などをつまみに酒を楽しみ、最後に冷麺を食べる」し、「麺を食べる前にユッス(前述・冷麺の出汁)に醤油を混ぜて飲む」習慣があるというのです。数千年前に朝鮮半島を経て我が国に「ソバ」が伝来したとはいえ面白い共通点ではないでしょうか。

 朝鮮半島の人たちの伝統的な食事のスタイルは朝夕の二回が正式な食事で、これを「飯(パン)(サン)」といって飯を主食としますが、昼は麺を中心とする食事が多く「麺(ミョン)(サン)」というそうです。また、結婚の披露宴などのようにお客様を接待する際にも麺を供することが多いので、独身男性を揶揄(からか)うのに「いつ麺を食べさせてくれるのか」(いつ結婚するのか?)というのが決まり文句であると聞きます。

 このように朝鮮の方々は昔から麺が大変好きなことで有名なのです。
 冷麺のようなそば粉を使った押し出し麺のほかにも、カルグクスという小麦粉を使った切り麺(カルというのは包丁の意)もあり。南の温暖の地はこちらの方が多いと言われています。寒冷地域の北朝鮮は「ネンミョン」(そば粉・押し出し式)が主で、温暖な南朝鮮は「カルグクス」(小麦粉・包丁による切り麺)が主というのが簡略化した朝鮮半島の麺文化地図といってもよいのではないでしょうか。

 日本のそば・うどんが歴史的に先か、朝鮮のネンミョン・カルグクスが先か? 甲論乙駁が続いています。・・・ここにも「歴史問題」が存在するようです(苦笑) 朝鮮人のそば好き形成経過については定かではありませんが、麺文化に詳しい石毛直道氏によれば「18~19世紀」頃ではないかと分析されています。(石毛直道著「文化麺類学ことはじめ」) いずれにせよ、日本と隣接した朝鮮半島の間に相互に影響し合う食文化が存在したことは否定できないことでありましょう。

 日本で朝鮮本場の冷麺を食べたいとおっしゃる方には、平壌冷麺なら神戸長田区の「元祖・平壌冷麺屋」(注1)を、成興冷麺なら岩手県・盛岡市の「食道園」(注2)をお訪ねになることをお勧めします。ぜひお試しになってください。

 

(注1)「元祖・平壌冷麺屋」 平壌出身の張模蘭氏と全永淑氏が共同で開店したもので、日本最古の朝鮮半島冷麺料理店と言われている。

(注2)「食道園」(盛岡冷麺) 朝鮮半島北部(現・北朝鮮)の咸興生まれの在日朝鮮人一世の楊龍哲(日本名・青木輝人)氏が、昭和二十九年(一九五四)に盛岡で「食道園」を開業し咸興冷麺(小麦粉を使用)を再現した。

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