世界の蕎麦物語⑧

アメリカでも静かな「そば食ブーム」が?   

 米国のソバ生産高が世界第5位だといったら驚かれる方が多いのではないでしょうか? 輸出は30%未満で大半は自国内の消費なのです。「ソバの米国への伝播」に始まる古い歴史については調査不足のため不明ですが2010年代以降についていうと、栽培面積で日本の1.8倍、単収で約2倍、生産高は3.6倍になります。輸入の多い日本と比べるのは適当でないかもしれませんが・・・。

 民族の坩堝(るつぼ)といわれる米国社会のことですから、そばの需要が一定量はあるのが当然のことかもしれません。フランス系の移民の多く住むところでは、そば粉の「ガレット」が、またロシアやウクライナ人の住むところにはそばの実「カーシャ」が、といった具合です。ですが、「アメリカ固有のそば料理」があるとはついぞ耳にしたことがありません。

ところが、そのアメリカに「そば食ブーム」が起こっているというのです。調べてみますと、どうやら背景にはコムギ、ライムギ、オオムギ等に含有されているグルテンに起因するセリアック病やアレルギー等が関係しているようなのです。

2007年にセリアック病患者のためにFDA(米国食品医薬局)がグルテンフリー表示規則(食品1㎏中にグルテン含有量が20㎎以下の場合)を定めたために、「グルテンフリー」の表示(写真)が出来るようになりブームが起ったといわれています。セリアック病は遺伝性の病気でグルテンを摂取するとそれが引き金になって自己免疫反応が起こり、小腸内の組織を攻撃して炎症を起こすために栄養が吸収出来ず、栄養失調になり死に至ることも稀ではないのです。セリアック病の治療薬はなく、グルテン摂取をやめることだけが唯一の治療方法だといわれています。

 大手食品会社が次々とGF食品(コムギの代わりにコメやソバが使われる)を販売し始め、現在ではレストランやスーパー等の小売店、ファーマーズマーケットなどあらゆる場所でGF食品(GFマーク・・写真参照)や料理が見られるようになりました。また、GFのレシピ本が販売されていることや、「Open Table」というレストラン予約サイトで検索できるなど、米国に住む人々にとってGF料理はとても身近なものになっているようです。実際に私もOpenTableサイトにアクセスしてみましたが、GF料理取り扱い店の情報満載です。日本との違いが一目でわかりました。
 もともと欧米人にはセリアック病患者が全人口の1%前後いるといわれています。日本人の場合は詳細不明ですが、患者数はごく少ないようです。

小麦は麺類・・パン・パスタなどの麺類やケーキ類等々に非常に幅広く使用されているため代替穀物としてコメやソバが浮上してきたというわけです。

 GF食品のアメリカにおける市場規模は2020年で80億ドル(約1兆円)に達しており、2040年には100億ドル(約1兆2500億円)になるといわれています。此の傾向は米国のみならずヨーロッパ諸国も同様で、全世界に広がりを持つようになってきました。なかでも「そば」はかねがね健康食品として高い評価を受けていましたが、GF食品の登場によって「そば=ヘルシー」というイメージが定着し、グルテンを含有しないこと、低カロリーでビタミンが豊富であることも再評価され、静かなそばブームを呼んでいるというわけです。アメリカ人にとって蕎麦の芳ばしい香りは「ナッツ」のように感じられるといいます。そば粉のパンケーキやパン、シフォンケーキ等々、ソバ粉の活用範囲は着実に広がっていると伝えられています。

アメリカにおけるソバの主要産地は、カナダと国境を接する西海岸・ワシントン州が六割を占め、それに第2位のノースダコダ州(中央北部の)が続きます。これ等の地は年中を通じて雨が少なく、昼夜の気温差が大きいので、ソバ栽培の適地でした。東欧諸国からカナダに移民してきた人々がそば種を持ち込み、それが国境を接した米国北部の各州に伝播していったようです。かつてはカナダが北米大陸のソバ栽培の中心でしたが、1990年代にカナダ政府の政策転換で予算規模縮小やそばの育種事業からの撤退があり、現在ではアメリカが主要産地になったのです。アメリカでGFブームによってソバが見直され静かなブームを呼んでいることは間違いないのですが、果たしてそれがアメリ独自の「そば食文化」(ヘルシー食品)として定着して行くのか、暫くはGFブームの行方を見守る必要がありそうです。民族モザイク型の社会アメリカにおける食文化の動向は非常に興味がかきたてられるものがあります。

   寿司・天ぷら・蕎麦等・・・和食が米国の注目を集めるようになった裏側には米国人の伝統的ともいうべき食生活の甚だしい偏りがあり、ヘルシーフーズとしての和食の評価が見え隠れします。「肥満大国」アメリカには予てから指摘されている通り、脂質の過剰摂取問題があり、食生活の見直しを示唆するマクガバンレポート(注・写真)が議会に出されたのはかれこれ半世紀近く前の1977年のことでした。蕎麦食ブームもどうやらその一翼を担っているもののようです。

 

(注)マクガバンリポート マクガバン上院議員が「アメリカ人の心臓病を防ぐためにはやはり食生活が大事だ。特に油を減らして穀類を増や          す、どっちかというと日本人のような食生活をするのがいい」という趣旨の報告書を議会に提出したことを           指す。写真は「マクガバンリポート」の日本語翻訳版。

                          
                      
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