蕎麦の常識非常識⑩

   「東京」は世界一の美食都市か?

 「東京は世界一の美食都市である」と喝破したのは、日本人ではなくてあのミシュランガイドの第6代総責任者のジャン・リュック・ナレでした。
これまでは、美食国といえばフランス・中国・トルコを推すのが普通だったのですが、その美食の国フランスが誇る「ミシュランガイド」(2010年版)で異変が起こり、東京が獲得した星数でそれまで第1位だったパリを圧倒的に抜き去ったというのです。

 参考まで2023年のミシュランガイドによる美食都市の世界ランキング(星を獲得した店の数)を示すと次のようになります。

第1位・・東京201店、第2位・・パリ118店、第3位・・京都107店、 以下大阪、香港、ロンドン、ニューヨークと続きます。

日本料理の「高度な技術と拘り」が高い評価を受け、世界一の美食都市とされたわけなのです。ナレは、東京が世界ダントッの首位にある理由を次のように説明しています。

 「日本料理の料理人は数世代、数百年かけて伝えられた料理人固有の技術と伝統の継承性はどの都市のレベルよりも高い。私が行った飲食店はほとんど寿司屋、天ぷら屋、焼き鳥店、蕎麦屋など・・・専門店に細分化されていた。それが非常に印象的でした。こうした特性から日本の飲食店の相当数は誰も追いつけない専門性を確得していた」というのです。
 ナレが挙げる専門店(寿司屋・天ぷら屋・蕎麦屋)に鰻屋を加えれば全て江戸時代に庶民のファーストフードとして発展した料理ばかりです。 一方、フランス・中国・トルコの美食の原点はいずれも贅を尽くした宮廷料理にあり、日本の庶民性・専門性とはいささか歴史を異にするのです。

ミシュランガイド東京に掲載された飲食店(星とビグルマン*)の中から、ナレがいう「細分化された専門店」を拾い上げてみると、なんと3分の1以上がそれに該当していました。上位から並べてみると、寿司屋42店、ラーメン屋21店、蕎麦屋20店、天ぷら屋18店、とんかつ屋18店の順になります。

 このように専門細分化され、その奥義を極めようとする飲食店はどうやら日本だけに見られる現象の様です。フランスやイタリア料理は何処へ行ってもあのコース料理で、日本のように専門細分化して発展することはありませんでした。昔、イタリアに旅した折に、ツアーの添乗員から「日本人は殆どの方が、パスタだけとか、ピザだけを注文されますが、それはイタリアではマナー違反です。せめてサラダだけでもセットで注文されるようお願いします」と注意されたことを思い出しました。なるほどと今頃になってようやく日本食文化の特異性を再認識して納得しているような始末です。

「数世代、数百年かけて伝えられた料理人固有の技術と伝統の継承性はどの都市のレベルよりも高い」とナレが日本の専門店を評して言った言葉を引用しましたが、それを読んで思い出したことがあります。
 江戸・東京を代表する蕎麦屋の一つである並木藪蕎麦の2代目故堀田平七郎さんが著書「江戸そば一筋」の中で「そばを作るのも退屈です。毎日毎日、同じ仕事を繰り返しているのですから。しかしその退屈という心根が大切なのだと思います。毎日毎日、同じことの繰り返しを、手を抜かずにこまめにする。そこから、いいものが生まれてくるのです。その作業の大切さがわかれば、退屈が大切だということがおのずと理解できると思うのです」と含蓄ある言葉を後世代への遺言として残されています。
 「技術と伝統の継承」とは真にこういう姿を指しているのではないでしょか。

 話は変わりますが、「ミシュランガイド」のような食べ物評判記は江戸の昔から数多くあり賑わいを見せていたそうです。「江戸名物評判記集成」の編者で元九州大学名誉教授であった故中野(みつ)(とし)氏によれば、現存するものだけで70余点を数えるといいます。
なかでも、三都(,江戸・京・大坂)の名物店の番付を紹介した悪茶利道人(あくじゃりどうじん)著「富貴地(ふきち)座位(ざい)」(1777年)が著名といえましょう。その麺類之部を見ると、道光庵(浅草)を筆頭にして「いせや・ひょうたんや・山田屋・福山(歌舞伎に出てくる常連蕎麦屋)・正真が相撲でいう三役に、前頭筆頭にはお馴染みの「薮そば」(雑司ヶ谷・かんだやぶの前身)等が並び、大坂(浪花)の部には和泉屋(砂場の前身といわれている)と寂称庵(道頓堀)の名が見えます。現在残っているのは「藪そば」のみで、栄枯盛衰は世の習いといいますが、蕎麦屋の競争もひときわ厳しいことが窺われます。

ところで現在はということになると、何といっても日本最大のグルメサイトは「食べログ」でしょう。登録店数80万店以上で月間利用者数1億人を超えるといいますから巨大なサイトといわざるを得ません。その巨大サイトの蕎麦屋ランキングベストテンは次のようになっています。(令和5年2月10日現在) 少し本題から外れますが参考までに記載しておきます。

玉笑(たまわらい)(東京)、②藪蕎麦宮本(静岡)、③慈久庵(茨城)、④(なか)()(岐阜)、⑤赤間茶屋あ三五(あさご)(福岡)、⑤山の実(長野)、⑦ろあん松田(兵庫)、⑧流山すず季(千葉)、⑨玄(奈良)、⑨土家(つちや)(東京)

ミシュラン掲載店(各地域)と「食べログ全国ベストテン」は対象範囲(地域)が異なるので直接対比するには無理があるのですが、あえて一致度を測るために「食べログベストテン」の中でミシュランに掲載されているのは数えてみると8店になります。10店のうちの8店ですから、かなり一致度が高いのではないでしょうか。

かくいう私もこれまでに北海道から沖縄まで約400店(ハワイも1店)余の蕎麦屋訪問をしましたが、食べログ全国ベストテンの中で訪問したお店は、仲佐・あ三五・ろあん松田・玄の僅か4店だけです。世間は広いですね。勉強が足りません。

 

*ビグルマン 1997年に星ではないが良質な料理であることは当然として「価格以上の満足感が得られる料理」として、ビブグルマンは登場しました。 価格は国ごとに設定されているのですが、日本の場合は6000円が目途とされているとされています。


      

 

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