蕎麦の常識非常識⑯

 
 日本は世界一の老舗大国ってご存じですか?

日本に長寿企業の多いことは既によくご承知のことと存じます。

 2008年に韓国銀行が「日本企業の長寿要因及び示唆点」と題する報告書を発表し話題を呼びましたし、直近では日経BPコンサルティング(株)の「世界の長寿企業の創業年調査」があります。

これによると、創業年数100年以上、200年以上の企業いずれにおいても日本企業が他国を圧倒していることが分かります。

ご存じの通り世界最古の企業は大阪・天王寺に本社を置く金剛組(創業・西暦578年)だといわれています。聖徳太子が四天王寺(写真下)建設のために、百済から招聘した3人の宮大工の中の1人(金剛重光氏)が飛鳥時代に創設した神社仏閣専門の建設会社です。世界には創業1000年を超える企業が14社もあるそうですが、驚くべきことに、そのうち半分の7社は日本企業なのです。

参考までに日本における現存する創業1000年以上の超長寿企業名を挙げておきましょう。           

    ①株式会社金剛組(西暦578年創業・建築業・大阪)

    ②一般財団法人池坊華道会(西暦587年創業・芸能教授業・京都府)

    ③有限会社西山温泉慶雲館(西暦705年創業・旅館業・山梨県)

    ④株式会社古まん(西暦717年創業・旅館業・兵庫県)

    ⑤有限会社善吾楼(西暦718年創業・旅館業・石川県)

    ⑥株式会社田中伊雅(西暦889年創業・宗教用具製造業・京都府)

    ⑦株式会社ホテル佐勘(西暦1000年創業・旅館業・宮城県)

 

2022年の調査結果では、創業100年以上の企業が世界で74,037社ある中で日本の企業が37,085社で約半数を占め、創業200年以上では世界が2,129社、日本が1,388社で、なんと65.2%にも達するというのです。

 100年以上・200年以上とも日本・米国・ドイツ・英国の上位4か国の順位は変わっていません。200年以上で第5位だったロシアが100年以上では順位を16位(5位はイタリア)と大幅に下げているのはロシア革命(1917年)のせいでしょうか。

各国の定義や基準など調査等の詳細が分からないので、ここに掲げられる数字をそのまま鵜呑みにするのはやや乱暴なのかもしれませんが、これだけの大差で日本企業がトップを占めているのには一定の有意性があると感じざるを得ません。

韓国銀行の解説では、日本企業長寿の秘密を本業重視・信頼経営・血縁者を超えた後継者選び・透徹した職人精神・保守的な企業運用等としていますが、これだけではとても説明しきれないものがあるように思います。これら長寿企業の九割近くが従業員数300人未満の中小企業であることからも、長子継承、家族的経営、終身雇用、年功序列賃金・・かつての日本的経営の果たしていた共同体的役割も無視できないでしょう。

日本は島国で、他国の支配を受けることがなかったこと、伝統的な日本人の勤勉性もあげられます。仕事に手を抜かず、一途に打ち込む国民性。『暖簾に磨きをかける』といいますが、規模の拡大というよりも、社風・ブランド・商品・社員を育て上げ、それを次の世代にバトンタッチすることが美徳とされてきました。また長寿企業に共通しているのは、『家訓』や『理念』が確立していて、それが代々受け継がれているということ。そして、後継者を育てることを大事にしてきたからこそ何代も続くことができたのです。長子継承を原則として、男子のいないときには婿取りをして、リーダーとして不適な場合は番頭が実務を取り仕切るなど工夫と知恵をフル動員して暖簾を守ってきたのです。対照的な国に韓国があります。韓国には創業200年を超える企業はなく、創業100年以上の企業も斗山(1896年)と東洋薬品工業(1897年)の2社にとどまります。他国の統治下にあった過去の歴史を物語っているようです。

 さて蕎麦屋は如何なっているのでしょうか? 

蕎麦屋発祥の時期も定かではありませんが、恐らく16世紀終盤から17世紀初期のことであろうと思われます。したがって創業400年を超える蕎麦屋は理の当然としてありません。

江戸時代に創業してなお現存する店の数も僅か36店に過ぎないと、高瀬礼文監修「出雲そばの本」にあります。筆頭は応仁の乱の2年前に創業したという「本家尾張屋・1465年・京都」、続いて、わんこそばの元祖ともいわれている「大畠家・1597年・岩手」、3位に島崎藤村の「夜明け前」にも出てくる木曽路の「越前屋・1624年・長野」が、4位は山梨の「奥村本店・1661年~1673・山梨」となり、出石そばで有名な「南枝・1706年・兵庫」、「粉名屋小太郎・1712年・山形」、尾張屋に次いで和菓子屋が本業であった「晦庵河道屋・1716~1736年・京都」、くるまや本店・1716年・長野」、比叡山延暦寺御用達だった「本家鶴喜そば・1716年・滋賀」と続きます。

このうち本家尾張屋は創業時の業態は「和菓子屋」で、15代店主・故稲岡伝左衛門氏にお聞きしたところでは、「蕎麦屋を始めたのは1700年代初めころではないか」いうことでした。本稿を起こすにあたって念のため同店のHPを閲覧したところ、創業は1702年(元禄15年)とありました。未確認ですが、新しく古文書でも発見されたのでしょうか?

 

日本企業の際立った特徴は「創業の理念を守り(本業を守り)、長期の利益を目指し、人間を育て大切にする」ことにあるようです。それが日本の企業を長寿あらしめた主要な理由であることは疑う余地はありません。ところが反面、次のような負の側面があることを忘れてはならないでしょう。

それは企業の新陳代謝の遅れと不十分さです。企業に限らず、新しく若い力が次々と生まれ、切磋琢磨を通じて、新しいステージを切り開いて行くことなしに社会の発展はあり得ません。その状態を示す数値があります。企業の新規開業率と廃業率(つまり企業の新陳代謝)がそれです。内閣府の発表した最新の数値は次の通りです。

新規開業率を見ると、イギリス13.5%、フランス10.9%、アメリカ9.1%、ドイツ8.9%に対して日本は僅か4.2%に過ぎません。

 一方廃業率は、イギリス11.3%、ドイツ8.9%、アメリカ8.5%、フランス4.9、日本は4.2%になっています。開業率ほどではありませんが、各国に比べ歴然とした差が存在しています。廃業率はともかく、経済成長率と開業率の間には高い相関があることは、これまでの研究で明らかになっています。

 伝統を大事にこれを守り継承することと、環境の変化に対応しつつ新しい未来を作り上げることは、いずれも大切なことです。伝統を大切にしていると思われるあのイギリスが企業の新陳代謝においても先頭を走っているというのは驚きです。

 「不易流行」とは松尾芭蕉が「奥の細道」を旅する中で体得した概念だと言われています。 「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」というものです。 「不易」は、いくら世の中が変わっても変わらないもの、変えてはならない基本を、「流行」とは世の中の変化に適応し変えて行くくべきものを指しています。今求められるのは、この両者を峻別する英知だと思いますが、如何でしょう?

 

 


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